Cloudflare Email Service登場!Workersネイティブなメール送信はSES/SendGridの牙城を崩せる?
2025年秋、CloudflareがそのDeveloper Platformの新たな一手として「Cloudflare Email Service」のテスト版、プライベートベータを発表しました。
これは、既存の「Email Routing」を大幅に拡張し、「Email Sending(送信)」機能を追加するものです。
Amazon SES、SendGridといった既存のトランザクションメールサービス市場に、Cloudflareが真っ向から勝負を挑む形となります。
今回はCloudflareの公式ブログなどを基に、新サービスがエンジニアにとってどのような変革をもたらすのか、その技術的な詳細と導入にあたっての必要事項を確認してきたいと思います。
なぜCloudflareがメールサービスを提供する?
Webアプリケーションにおいて、サンキューメールなどのトランザクションメールはお客さまに提供する体験の根幹をなす重要な機能です。しかし、実装は複雑な組み立てとなります。
メール配信に従事するエンジニアは、Amazon SESやSendGridといったサードパーティのサービスを利用するため、さまざまな課題と向き合う必要がありました。
煩雑な設定
SPF、DKIM、DMARCといったDNSレコードの手動設定と、その後の検証プロセス。
認証情報の管理
APIキーを発行し、それをアプリケーションのシークレットとして安全に管理・ローテーションする手間。
インフラのサイロ化
- CDNやサーバーレス関数はCloudflare
- メール送信はSendGrid
- ストレージはS3
といったように、インフラが複数のプロバイダーに分散することによる管理の複雑化。
Cloudflare Email Serviceは、これらの課題を
「Cloudflare Developer Platformへの完全な統合」
によって解決しようとしています。
特に、Cloudflare Workersを既に利用しているITエンジニアの皆さまにとって、まさに「心から待っていた機能」と言えるでしょう。
Cloudflare Email Serviceの特長とは?
Cloudflare Email Serviceは、単なるメール送信用のAPI提供ではなく、Cloudflareのエコシステム全体でメールを扱うソリューションとなります。ここでは主な特長をご紹介いたします。
Workersとのネイティブ統合(APIキー不要)
最大の特長です。Cloudflare Workersからメールを送信する際、APIキーやHTTPリクエストは必要ありません。
wrangler.jsonc にバインディングを追加するだけで、Workersのコード内から直接 env.SEND_EMAIL.send() のように呼び出せます。クレデンシャル管理の負担から解放されます。
DNSレコードの自動設定
メール配信設定において失敗が許されないSPF、DKIM、DMARCの設定を、Cloudflare DNSと緊密に連携し自動で設定・管理してくれます。
グローバルな低遅延配信
Cloudflareのグローバルネットワークを活用し、世界中のどこからでも低遅延でメールを配信します。リージョンを意識したサーバー管理は不要です。
既存のEmail Routingとの完全な融合
従来の「Email Routing」と今回の「Email Sending」が統合され、メールの送受信両方をWorkersでプログラム的に処理する道が開かれました。
API/SMTPのサポート
Workersネイティブだけでなく、既存のアプリケーションや外部サービスからの移行を考慮し、従来のREST APIやSMTPインターフェースもサポートします。
React Emailのような既存フレームワークもそのまま利用可能です。
ローカル開発のサポート
wrangler CLIがメール送信をローカルでエミュレートする機能を提供します。本番環境にデプロイしなくても、メールを含む一連のユーザーフローを迅速にテストできます。
Cloudflare Workersエコシステムとの化学反応
Workersの真価は、他のCloudflareサービス(R2, Queues, Workers AI)と組み合わせたときに発揮されます。
コード事例:Workersからのシンプルなメール送信
公式ブログで示されたコードは、その仕組みのシンプルさを象徴しています。

エンドツーエンドの自動化ワークフロー
このシンプルさに加え、Email Routingを組み合わせることで、次のような高度な自動化がCloudflare内で完結します。
運用の事例:AIによるサポートチケットシステム
1. 受信 (Email Routing)によるWorkerのトリガー
ユーザーがサポートアドレス support@your-domain.com へメールを送信すると、Cloudflare DNSに設定されたEmail Routingルールに基づき、この受信メールがイベントとして対応するWorkerにルーティングされます。
Workerは email(message, env, ctx) ハンドラで起動し、
- メールのヘッダー
- 本文
- 添付ファイル
などの生データへアクセスします。
2. 処理 (Worker)とデータの抽出
Workerがメール受信イベントを受け取り、アプリケーションロジックが実行されます。
この段階で、メールの多言語対応、HTML/プレーンテキストの解析、セキュリティチェックなど、チケット処理に必要な初期プロセスが高速に実行されます。
3. 解析 (Workers AI)による自動分類と要約
Workerは受信したメール本文を抽出し、Workers AIのテキスト分類モデル(例:@cf/huggingface/distilbert-sst-2-int8など)に渡します。
メールの内容が
- 緊急
- 返金要求
- バグ報告
といったカテゴリに自動で分類されます。さらに、LLMを活用して、メールから顧客IDや問題の概要を構造化データとして抽出し、チケットの一次情報として準備します。
4. 保存 (R2)と添付ファイルの安全な保管
メールに添付されたファイルは、Workerによってパースされた後、S3互換のR2ストレージへ直接アップロードされ、安全に保管されます。
機密情報を含む添付ファイルも、R2の堅牢なセキュリティの下で管理され、アップロード完了後、R2オブジェクトキーがチケット情報と紐づけられます。
5. 送信 (Email Sending)を用いた自動応答
AIによる解析とR2への保存が完了したことを確認した後、WorkerはEmail Sendingバインディングを使用してユーザーへ即座に自動応答メールを送信します。
この自動メールには、
「チケット番号:XXXで受け付けました。AIによる分類:【分類されたカテゴリ】」
といった具体的な確認情報を含めることで、ユーザーの不安を解消し、チケット対応までの待ち時間を明確化します。
6. 連携 (Queues)による非同期処理
- R2の参照キー
- AIの分類スコア
- チケット番号
の処理結果はペイロードとしてCloudflare Queuesに追加され、バックエンドのZendeskなどのCRMシステムへ非同期で連携されます。
この非同期処理により、メール処理がアプリケーションのホットパス(即時応答が必要な部分)をブロックするのを防ぎ、システム全体の応答性を高く維持します。
このように、メールの送受信がアプリケーションロジックの「入出力」として完全に統合され、開発者はインフラを意識することなく、ビジネスロジックの構築に集中できます。
トランザクショナルメールの市場と競合
トランザクショナルメールの市場には既にAmazon SESやSendGridといった巨人が存在します。しかし、エンジニアのコミュニティの反応を見る限り、極めて好意的に受け止められているようです。
Cloudflareの強みとは
- DNS
- CDN
- セキュリティ
- Workers
という、Webインフラの根幹を既に押さえている点です。Workersユーザーにはメール機能をCloudflareに一本化するメリットは非常に大きいはずです。
【重要】導入前に知るべき「メール到達性」の実践的知識
CloudflareがSPF・DKIM・DMARCを自動設定してくれるからといって、メール配信のすべてが上手くいくわけではありません。
メールの世界には、プロバイダーの技術力だけでは解決できない「メール送信用のドメイン評価(レピュテーション)」の問題が常に付きまといます。
特に新規に構築するサービスで導入を検討する場合、次の2点を絶対に忘れないでください。
これらを怠ると、Cloudflareの強力なインフラを使っても、あなたのメールは迷惑メールフォルダに直行するか、受信BOXから受信を拒否される可能性が高まります。
新規ドメインの「ドメインウォームアップ」
「ドメインウォームアップ」とは、新しく取得したドメインのメール送信者としての信頼性を、時間をかけて徐々に構築するプロセスです。
なぜドメインウォームアップをするのか
GoogleやMicrosoftなどの主要なメールプロバイダーは、未知のドメインからの大量のメールを「攻撃者からの攻撃」として厳しく監視しています。
高級マンションに宅配物を届けることをイメージしてください。日本郵便やクロネコヤマトなどの信用を積み上げた事業者は、郵便物や宅配物を届ける人と信頼され入口を開いてもらえます。
ただ、業務委託で仕事を受けている個人事業主のAmazonの配達員の方は「この人配達員かな?」と疑うことが多いと思います。
これと同じで、予め信用を積み上げないと受信BOXが入口でメールを拒否してしまうのです。
どのようにドメインウォームアップを行うのか
信頼できる&実在する、メールクリーニング済みのメールアドレスのリストに対し、最初は1日に数十通程度から送信を開始します。
その後、バウンス率や開封率を見ながら、数週間かけて送信数を徐々に増やしていきます。
正しいウォームアップに不安があるかたは、当社のドメインウォームアップの窓口をご利用ください。
ドメインウォームアップを怠るとどうなるか?
新規ドメインでいきなり数千通のメールを送信すると、GoogleなどのISPは即座に「攻撃者からのメール」と判断し、あなたの送信ドメインやIPアドレスをブロックリストに登録します。
これは、NHK ONEのサービス開始時に起きた事故がわかりやすい事例です。
一度失った信頼を回復するのは非常に困難です。Cloudflare Email Serviceがこれを自動化してくれる可能性は低いため、少なくともエンジニアが管理すべき重要なタスクです。
継続的な「メールクリーニング」
“メールクリーニング”とは、送信用ドメインの評価を維持・向上させるために送信先リストから無効なメールアドレスを定期的に除去し、リストの品質を高く保つためのお掃除です。
なぜメールクリーニングが必要なのか
- 存在しないメールアドレス
- エラーを起こさないCatch-All設定されたスパムトラップのメールアドレス
これらのメールを送り続けると、GoogleやMicrosoftは「バウンス率の高さ」を「攻撃者が使うようなリストに送っている」とみなし、あなたの送信用のドメイン評価を下げます。
メールクリーニングは何をするのか?
メールクリーニングサービスを利用して、バウンスが発生するメールアドレスを抽出だけではありません。
スパムトラップやCatch-All設定されている使い捨てのメールアドレスなどを取り除き、ドメイン評価を下げる要素を予め取り除く必要があります。
日本国内でこの品質を達成できるクリーニングサービスを提供しているのは、プリモポストのメールクリーニングの窓口のみとなっております。1年に1度はリストを綺麗にお掃除ください。
メールクリーニングを無視するととどうなるか?
バウンス率は3%以上、またはスパムトラップに引っかかるなどすると、メール受信を制限、あるいは完全に受信BOXからブロックされます。ドメインウォームアップで築いた信頼を台無します。
最後に
Cloudflare Email Serviceは、特にWorkersを中心としたCloudflare Developer Platformのユーザーにとって、開発体験を劇的に向上させるゲームチェンジャーとなり得るサービスです。
APIキーの管理や煩雑なDNS設定から解放され、メールをアプリケーションロジックの一部としてシームレスに組み込める機能は非常に魅力的です。
また、Cloudflareの自動化の恩恵を最大限に享受しつつも、「ドメインウォームアップ」と「メールクリーニング」という必要不可欠な対策を怠らないでください。