アルゴリズムの反対。アフェクト・ヒューリスティック(Affect heuristic)とは?
ある女性の見た目が美しいと思えば、その人物の性格も良いだろうという思ってしまいませんか。これは、美醜(びしゅう)ヒューリスティックというものです。冷静に考えればわかることなのですが、社会によって価値観や規範が異なるため、見た目だけで正しい解を出すのは難しいのです。また、疲れた時や忙しいときも、考えずに物事を判断してしまうことがあります。この直観や感情の影響を受けた決断を、アフェクト・ヒューリスティックと(Affect heuristic)言います。
アフェクト・ヒューリスティックを提唱したのは、心理学者ポール・スロビックという学者です。スロビックはアメリカ合衆国のディトロイトで生まれ。彼は、心理学に関心を持ち、カリフォルニア大学バークレー校で心理学を学びました。その後、スタンフォード大学で研究し、1988年に心理学部門の教授に。スロビック氏は、認知心理学、ジェンダー研究、社会心理学、人格心理学の分野で大きな影響力を持つ人物として知られています。
スロビックは、これまでに多くの論文や著作を発表しています。彼の著書には、「The Perception of Risk(リスクの認知)」、「Judgment Under Uncertainty: Heuristics and Biases(不確実性下での判断:ヒューリスティックとバイアス)」などがあります。
彼の研究の中でも最も有名なのが、”人間の意思決定における確率とリスクについての研究”です。スロビック氏は、特に「確率効果」という現象に着目し、個人が選択肢を決定する際にどのような思考パターンが生じるかを分析しました。人々がリスク・アベルション(危険回避)傾向にあることを発見し、その背景に純粋な確率の評価の欠如があることを指摘したのです。
アフェクト・ヒューリスティックは、人々が決定を下す際に感情の影響を受けやすいことを指摘しており、現代社会において様々な問題を引き起こす恐れがあると言われています。今回は、この理論の背景・仕組み・実践的な応用方法などについて、解説していきます。
アフェクト・ヒューリスティックが提唱された背景
スロビックは調査結果を通じ、人々が自尊心、安全性、コントロールといった表面的な感情に基づいて判断を下しやすいことを発見しました。また、多くの人々が感情と統計的なデータに同じような重さを置いていないことも指摘しています。スロビックによると、人々は「脳内的に、優先的にアフェクト的な判断方法を使用している」というのが、アフェクト・ヒューリスティックの大前提となっています。
アフェクト・ヒューリスティックの仕組み
アフェクト・ヒューリスティックは、感情と知覚的情報処理システムの相互作用に焦点を当てた心理学的理論です。
このシステムでは、人が判断に関する情報を受け取ったときに、それに付随する感情の影響によってどのように判断が形成されるかを述べています。感情はさまざまな仕組みに働きかけるため、人々は主に感情的な反応に基づいて行動を起こす傾向があります。
例えば、ある人物に対して好感を抱いている場合、その人物が実際には誤った情報を発信していたとしても、人々はその情報を容易に受け入れてしまうことがあります。
また、アフェクト・ヒューリスティックは商品の購入にも関係があります。人々は、贈り物やある品物を見たときに、その印象や感情に基づいて購入する傾向があります。
加えて、アフェクト・ヒューリスティックは医療においても重要な役割を果たしています。患者は病気を自己診断する際に、医師の判断による情報を過小評価することがあるため、方法や治療法が危険である場合があります。
アフェクト・ヒューリスティックが社会に与えるポジティブな影響
公衆衛生キャンペーン
アフェクト・ヒューリスティックは公衆衛生キャンペーンにおいて、効果的な戦略として活用されることがあります。
例えば、喫煙や過度の飲酒などの不健康な行動を減らすために、恐ろしい画像や情報を共有するキャンペーンがあります。これらのキャンペーンは、感情に訴えることで、人々の行動を変えることを目指しています。恐怖や不安を引き起こす画像や情報は、人々が健康に関するより良い選択をするための動機付けとなり得ます。
環境保護活動
アフェクト・ヒューリスティックは、環境保護運動においても利用されることがあります。地球温暖化や野生生物の危機に関する感情的な訴えは、人々の環境に対する行動を変えるための強力な動機となり得ます。感動的な映像や物語は、環境保護の重要性を伝え、人々を行動に駆り立てる力を持っています。
アフェクト・ヒューリスティックが社会に与えるネガティブな影響
感情に基づく意思決定の危険性
アフェクト・ヒューリスティックは、リーダーシップにおいても問題を引き起こすことがあります。リーダーが重要な意思決定を感情のみに基づいて行う場合、それは合理的な判断を欠くことにつながる可能性があります。
特に疲れているか、時間制約がある場合に、感情に基づいて決断を下すことが一般的です。このような状況では、リーダーの一時的な感情が組織や社会に対して長期的なネガティブな影響を及ぼすことがあります。
感情的なポピュリズムの拡大
政治の領域においても、アフェクト・ヒューリスティックは悪影響を及ぼすことがあります。政治家やメディアが感情的な訴えやポピュリズムを利用することで、公衆の意見を歪めることがあります。感情に訴えるメッセージは、しばしば合理的な議論や客観的な事実を覆い隠し、極端な意見や分断を生む原因となり得ます。
なぜ、フェクト・ヒューリスティックがなぜ起こるのか
フェクト・ヒューリスティックが起こる理由を理解するには、二重過程理論を理解する必要があります。二重過程理論は、人間の認知プロセスが大きく二つの異なるシステムによって動かされているという考え方です。
二重過程理論の概要を解説
システム1(直感的システム)
無意識の意識です。このシステムは自動的で、労力を要さず、高速に働きます。感情や直感に基づいた決定を下すのが特徴です。システム1は、瞬時の判断や、以前の経験からの学習に基づく反応など、日常生活において迅速な意思決定を可能にします。
システム2(分析的システム)
意識下の自分です。システム2は、遅く、労力を要し、意図的で、論理的な思考に関与します。複雑な問題解決や、新しい状況での計画立案、意識的な分析などがこのシステムによって行われます。
アフェクト・ヒューリスティックの発生メカニズム
アフェクト・ヒューリスティックは主にシステム1の影響下で発生します。このシステムは感情的な反応を速やかに生み出し、その結果、人々は具体的な情報や詳細な分析よりも、自分の直感的な感情に基づいて意思決定を行いがちです。
例えば、何かに対してポジティブな感情を持っている場合、その事物に対するリスクを過小評価しやすくなり、逆にネガティブな感情を持っている場合は、リスクを過大評価する傾向があります。
システム1のこのような自動的な作動は、特に時間圧力がある状況や情報過多の状況で顕著になります。緊急の判断が求められる場合や、多くの情報を一度に処理しきれない場合、人々はより直感的で感情的な判断を下しやすくなります。
一方で、システム2はより計画的で論理的な思考を担いますが、これにはより多くの時間と認知的労力が必要です。そのため、日常的な状況や簡単な判断では、システム2はあまり活用されず、人々は感情に基づくシステム1の判断に頼ることが多くなります。
アフェクト・ヒューリスティックを避けるためには
アフェクト・ヒューリスティックを避けるためには、感情的な反応と論理的な分析のバランスを適切に取ることが重要です。まず、意思決定の際には自己認識を高め、自分の感情状態に注意を払い、それが意思決定にどのように影響しているかを理解する必要があります。感情と理性を区別し、感情が理性的な判断を歪めていないかを考えることが重要です。
また、意思決定に必要な情報を広範囲にわたって収集し、その情報が信頼できるかどうかを評価することが大切です。異なる視点や代替案を考慮し、一つの視点や感情に固執しないようにすることも有効です。
重要な決定の場合には、即座に決定を下さず、十分な時間をかけて考えることが重要です。焦らずに情報を整理し、選択肢を検討することで、より合理的な決定が行えます。また、第三者の視点を取り入れることで、自分の感情的なバイアスに気づきやすくなります。信頼できる同僚や友人、専門家の意見を求めることも有効です。
高いストレス下では、人々はより感情的な決定をしやすくなるため、ストレスを適切に管理し、リラックスした状態で意思決定を行うことが大切です。良い睡眠、バランスの取れた食事、定期的な運動は、感情のコントロールと合理的な意思決定を支援します。
さらに、意思決定の際には、選択肢のプラス面だけでなく、マイナス面も総合的に評価することが大切です。短期的な感情に引きずられず、長期的な結果や影響を考慮に入れることも重要です。
アフェクト・ヒューリスティックを避けるためには、これらの戦略を組み合わせて使用することで、感情的な反応を認識し、それに対して合理的な分析を加えることにより、よりバランスの取れた、効果的な意思決定が可能になります。
アフェクト・ヒューリスティックを活用する
1980年、社会心理学者ロバート・B・ザヨンク「感情と思考:好みには推論を要しない(Feeling and thinking: Preferences Need No Inferences)」という論文を書きました。
彼はこの論文で、私たちの意思決定に感情がどれだけ大切か強調しております。ザヨンクは、私たちが何かを知覚する時、それにはいつも感情が関わる。例えば、「家」という言葉を聞いただけで、私たちは「豪邸」「醜い家」「見栄を張った家」といった様々な家のイメージを思い浮かべ、それぞれに対する感情を抱くんです。
さらに、ザヨンクは何か新しいものを見たり体験したりした時、私たちが最初にする反応は感情的なものだと説明しました。これは当時の一般的な考え方、つまり感情は考えることや感じることからしか生まれないという考え方に反していました。ザヨンクは、
「感情こそが一番大事なもので、新しい何かに出会った時、私たちは必ず何らかの感情を持つけれども、考えることは変わるかもしれない」
と主張したのです。
この理論によって、感情がどうやって私たちの意思決定に影響を与えるかについての議論が始まり、スロヴィックを含む研究者たちが「アフェクト・ヒューリスティック(The Affect Heuristic)」という論文を発表。この論文は、人々が行動のリスクとメリットをどのように感情的に評価するか実験結果を紹介しました。
公衆衛生キャンペーンの事例
例えば、公衆衛生キャンペーンはアフェクト・ヒューリスティックを利用して、人々に健康的な行動を取るよう促したり、不健康な行動を避けるように促したりします。恐ろしい画像や統計を使って、特定の行動の続行がもたらす最悪の結果を広告を通じて人々に示します。
禁煙を推進するキャンペーンはわかりやすい例です。たばこパッケージに、長年の喫煙者の歯や肺の画像を載せたり、がんや脳卒中のリスクが高まるという統計を示していますよね。2004年に行われたデビッド・ハモンドとジェフリー・T・フォングの研究によると、カナダの喫煙者の20%がたばこパッケージの警告ラベルのために喫煙量を減らしたそうです。喫煙者が感じた恐怖や嫌悪が、禁煙を試みるきっかけになったのです。
また、意外かもしれませんが統計の解釈についても、感情が大きく影響を与えます。
具体的な事例を挙げると、たとえば医療の分野でのリスクコミュニケーションが挙げられます。患者に対して、ある治療法のリスクを伝える場合に、%と具体的な数字のどちらを使用するかによって、患者の理解度や治療選択に違いが生じます。
医療におけるリスクコミュニケーション事例
%と具体的な数字の使いかたを変えるだけで、人に与える影響はことなるのです
%を使用した場合
- 状況
医師が患者に対し、ある手術による合併症のリスクが「2%」であると説明します。 - 患者の解釈
患者はこの情報を抽象的に受け取り、リスクが比較的低いと感じる可能性があります。パーセンテージは具体的なイメージを持ちにくいため、リスクの重大さを実感しにくくなることがあります。
具体的な数字を使用した場合
- 状況
同じ医師が別の患者に、「100人に2人がこの手術で合併症を経験する」と説明します。 - 患者の解釈
具体的な数字が用いられているため、患者はリスクをより実感しやすくなります。100人中2人と聞くと、そのリスクが自分にとって身近なものとして感じられ、患者はそのリスクをより慎重に考慮するかもしれません。
このような違いは、患者が治療選択を行う際に影響を与える可能性があります。%で提示された場合、患者はリスクをより受け入れやすくなるかもしれませんが、具体的な数字を使用した場合は、より慎重になる可能性があります。
この事例は、情報の提示方法が人々の意思決定にどのように影響するかを示しており、特に医療の分野では、患者がリスクをどのように理解し、どのように反応するかが治療の選択に重要な役割を果たします。
これらの例から、アフェクト・ヒューリスティックが私たちの意思決定にどのように影響を与えるかがよく分かります。感情が前向きな行動を促すこともあれば、統計の解釈に影響を与えることもあります。重要なのは、感情を理解し、それを適切に管理することです。
最後に
アフェクト・ヒューリスティックの影響を理解し、適切に管理することは、日々の意思決定において非常に重要です。感情と理性のバランスを取りながら、より効果的な決定を下すために、情報を広く収集し、異なる視点を考慮し、焦らずに十分な時間をかけて考えることが重要です。また、第三者の意見を参考にすることや、ストレスを適切に管理することも、感情に基づく意思決定のバイアスを減らすのに役立ちます。